心、届け



金曜日。
学校は週休二日なので、土日は休み。
日曜日にバレンタインデーを控えている所為か、その前の最後の登校日に当たる今日は朝から何となく構内の雰囲気が華やいでいる。
チョコレート持ち込み禁止、だとかは言われていないので結構自由にやり取りが行われていた。
左近もクラスメイトの比較的仲の良い女の子達から「義理チョコ…っていうか友チョコ?」とからかわれながらもチョコレートを渡されている。
笑顔で受け取りはしたが、自分が貰っているか否かよりも、教室の少し離れた位置にいる三郎次の様子が気になって仕方ない。


「左近」

「…ん?」


女の子達が机の周りからいなくなったところで、頭の中に思い描いていた人物がやってきた。
真っ直ぐに見下ろされるのには既に慣れているし、むしろ自分だけを見てくれていることは嬉しい。


「今日、一緒に帰れるよな?」

「…うん」


決定事項のように問われるが、毎日のように一緒に帰っているのでそれはある意味当然だ。
それでも互いに委員会の当番がある日等は別々に帰ることもある。
左近は今日は当番でないし、確認してくるということは三郎次もそうなのだろう。

小さく頷けば、良かった、と微笑む。
余計な力の抜けた自然体な笑顔を間近で見るのを、左近は密かに気に入っている。
そして同時に、鞄の中に入れてきた箱を意識してしまう。

話の用件はそれだけだったのか、すぐに自分の座席へと戻っていく後ろ姿を見送った。
成長期の途中にある背中は上級生に比べればまだまだ頼りないくらいに細いが、凛としている。

成績優秀で、運動神経も良く、若干口は悪いが頼りになる。
そんな男にはむしろ、「義理チョコ」というよりも所謂「本命チョコ」が多く渡されていそうだ。
というのは、チョコレートをくれた女の子達が教えてくれた話。

客観的に見ても、彼には人を惹き付ける要素が備わっているということだ。
自分だって惹きつけられている事実に、左近は頬を赤くして慌てて俯いた。

鞄の中に入れてきた箱が、何だか急にいらないもののように思えてきたのはチョコレート配りが始まって早々の朝礼前。
そして他のクラスは当然のこと、他学年からも何かを渡されたり告げられたりする彼の姿を見た昼休みには箱の存在は自分だけが知っているのだからと思うようにした。
放課後にはそれは家に帰って処分すべきもの、という決定を下していた。


「…豊作だな」


結局、左近のプレバレンタインデーは昼頃には既に収まっていたが、三郎次はまだまだ収まっていなかった。
終礼後にも呼び出された三郎次を待って教室に居残っていたのだが、待たされた時間は約1時間。
先に帰ろうかとも思ったけれど、約束を破るのも嫌だったので結局待ち続けた。

そうして帰り道を一緒に歩いているのだが、彼の右手には登校時にはなかった紙袋がある。
その中には女の子達からの気持ちが沢山詰まっていて、実際よりも重たそうだ。
それでもからかうように告げると、三郎次は少しだけ眉を寄せた。
薄暗くなり始めた世界の中、吐きだした息が白く溶けていく。


「これでも、断ったんだ」

「へぇ?」


そんな様子はなかった、と言外に漂わせると三郎次が振り返る。
真剣な表情に思わず足を止め、マフラーに口元を埋めた。
手袋を忘れた指先が冷たく、そっと擦り合わせる。


「本命って言われたのは、受け取れないって断った」

「…」


寒さの所為だけではなく、体が震えた。
何を言おうとしているのか、わからない程に鈍くは無いつもりだった。
三郎次の気持ちは知っているし、自分の気持ちも勿論左近は知っている。
それは互いに分かり合っていて、だからこそ鞄の中には小さな箱がある。

箱。

処分すべき存在だった箱のことを思い出し、ふっと三郎次の目を覗き込んだ。
急に顔を近付けたことに驚いたのか、彼の頬がほんのりと赤く染まる。
それでも体を避けることはしないので、距離は近いままに首を傾いだ。


「本命は一つもいらない?」

「…一つもとは言ってない」

「そう」


短く言葉を交わす。
視線を逸らした三郎次に満足して、左近は肩にかけていた鞄を開く。
いくつか入っている渡されたチョコレート菓子の中に混ざっている、自分の箱を指で掴んだ。
小ぶりな箱を、目の前にいる彼へと差し出す。


「お菓子会社の策略に乗ってみたんだけど」


女の子たちが彼に渡していたような、赤やピンクの包み紙の物なんて到底選べなかった。
それでも最近は男性が自分用に買っても恥ずかしくないように、と工夫されたものも店やコンビニにまで置かれている。
左近が選んだのは、そんな中の一つで、黒っぽい包み紙でシックな印象ではあるが、値段は百円台と決して高価なものではない。


「それ、本命だよな?」


静かな声で三郎次が問い掛けてくる。
まだ彼は手を出さない。
ここで「違うよ」と言ったらどうなるのだろう…と少し意地の悪いことを考えもしたが、流石に嘘でもそんなことは言えない。

言葉を間違えたら、思っているよりもずっと悪い方向へと物事が転がっていってしまうことは良く知っている。
彼の前ではなるべく素直でいようと、だから左近は決めている。
彼も、左近に対しては素直でいるようにすると言っていた。


「うん」


安いけど、と自嘲気味なことも思ったが口には出さなかった。
頬を赤く染め上げていることには気付いていたが、どう出来るものでもない。
先刻よりも更にマフラーに顔を埋めたまま箱を差し出していると、寒さで白くなっている彼の指先が視界に映った。
箱を受け取るので、視線を上げて顔を見る。


「ありがとう。凄い、嬉しい」


微笑んだ顔は、いつも通りの自然な表情。
彼らしくて大好きな力の抜けた感じが愛しくて、左近は頷いた。

処分してしまわなくて良かった、と思いながら、心の中でありがとう、と呟く。


本命って言われたのは、受け取れないって断った。


その言葉は、きっと言った本人が考えている以上に左近の心に残っている。


断ってくれてありがとう。

受け取ってくれて、ありがとう。



楽しそうに歩きながら包みを開き始めた彼の隣で微笑んで、そっと冷たい片手を彼の手に絡めた。







バレンタインデーネタで、現パロ。
年齢を意識しないで書いてしまいましたが、義理だ本命だと言っているので中学生くらいかな。
中学二年くらい…可愛い頃ですね。

詳細を決めずに書いたので、若干キャラがおかしいことになっている気がします。
…でも、たまには素直なろじさこも可愛いと思うのです。